神様大好き!みーのこころブログ♪

自己愛性人格障害の父とそれに従う母に育てられ、ウツとパニック症を患い生きづらかった私。そんな私に神様が手を差し伸べてくださった☆神様から愛と光をたくさん頂いて人生必死に生きてます。神様が教えてくださった事や人やメッセージを綴っていきます♪

劣等感(2019・6・19)

時々、劣等感に陥ってあらゆる人が自分より優れて見えて、

自分がとてもちっぽけで、世界から取り残されてしまったように感じる時があります。

 

それは意識が自分の内ではなく、外にむいてしまっているからです。

外に意識を向けることがすべて悪い訳ではないと思いますが、

向上せず劣等感を生むのであれば、それは間違いなんだと思います。

 

人だから、弱いから、「ダメだな~」と思うのも仕方ないです。

けどそのまま劣等感の暗闇に落ちてしまわず、

私たちは、私たち一人ずつの価値があることを思い出さなくちゃいけない。

 

私たちは神様から造られた価値ある人間です。

どこがどう、優れていようと、

どこがどう、優れてなかろうと、

神様が愛してくださる愛には変わりありません。

 

『ないものを求めず、あるものに感謝する』

 

その教えを心に留めて、今ある自分の素晴らしさに目を向けてみよう。

私にはこんなに素晴らしいものを頂けたと、感謝の心で自分を見つめてみよう。

 

劣等感なんてもつ必要がないほどに価値ある存在を忘れないでください。

 

わたしの目にあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。

(イザヤ43:4)

 

自分を愛すること(2019・6・18)

『ありのままの自分を愛する』

このことを意識して生きていると、自分を認めることを優先することが

出来るようになってきました。

おかげ様で、以前より生きやすくなりました。

 

「何も変えないで平気。尊敬できる自分になる必要もない。

今のそのままの自分を尊重し、尊敬すればいいんです。」

そんな言葉を伝えてくださる方がおられます。

 

何かに失敗したり、人に腹を立てたり、嫌味な態度を取ってしまったり、

上手く優しさを表現できなかったり、感情のコントロールがきかなくなったり、

そんな生々しいほど、人間らしい失態も、

自分を責めずに、認め許してあげると、自分の心が喜び安心するのを感じます。

 

甘やかす訳ではなく、大切に愛しく扱うようにすると、

「ダメだな」と思った私も、「また頑張ろう」と思えるようになる。

自分の心にまた愛が満ちてくるのがわかる。

『愛されてる』その感覚が、生きる希望に繋がります。

 

肩の力を抜いて、深呼吸して、先のことを考え過ぎないで、深刻になり過ぎないで、

さぁ、また前に進んでみよう。

 

私の目にあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している

(イザヤ43:4)

 

御心にかなう願いをする(2019・6・17)

何事も神の御心にかなう願いをするなら、

神はその願いを聞いてくださるということ、

これこそ神に対する私たちの確信です。(ヨハネ5:14)

 いつも願い事をするけれど、神様は私の願いを聞いてくださらない。

本当に神様に願いが届いているのだろうか?なんて思いがち。

 

ここに大切な事が書かれてます。

『何事も神の御心にかなう願いをするなら』

そう、御心にかなう願い。 

 

神様は私たちに幸せに、平和に、希望を持って生きてほしいと思ってます。

そして神様を愛し、自分を愛し、隣人を愛するようにと仰ってます。

 

願いが叶わないのは、神様のせいではなく、私たち側の問題だったりするんだって、

教えてもらいました。

 

ふと私はどんな願いの仕方をしていただろう?と考えてしまいました。

幸せで豊かになることは神様もお喜びになると思うけど、

それが自分だけのものだと、神様はお喜びにならないだろう。

 

自分の心が貧しい時、まず心を豊かにしてもらうよう祈り、

心にゆとりが生まれたら、次は周りに優しく接することができる心を頂くように

祈らなくてはいけないな、と思いました。

 

御心にかなう願いをいつでも持って、神様と対話したい。

そしてそれがどのように叶っていくのか、楽しみながら生きていけたら

幸せだろうなぁ。

そう思います。 

言葉に気をつける(2019・6・16)

たった一人の言葉で、どん底まで落とされ傷つき、

たった一人の言葉で、天にものぼるほど幸せな気持ちにもなる。

 

言葉の持つ力はとても偉大だと感じます。

けれど、口から飛び出す言葉に無責任になっている時も多いです。

 

言霊と言うエネルギーを頂いたのは、

きっと私たちにはそれを上手くコントロールできる力が与えられてるからだと思います。

神様は私たちに必要なものをお与えになってるはず。

それを上手く使えるようになることも、神様への感謝の表れだと思う。

 

自分の感情に従って人を傷つけるような言葉は、

自分の心も自分に宿る神様をも傷つけることになるのだろう。

 

自分が放つ言葉の力を軽んじてはいけない。

そう自分の心に刻まなければいけないと思いました。

 

『優しい舌は命の木である(箴言15)』

 

思考に気をつけなさい。それらはいつか言葉になるから。

言葉にきをつけなさい。それらはいつか行動になるから。

マザー・テレサ

 

巣鴨のおばあちゃま(2019・6・15)

TVでインタビューを受けていた巣鴨のおばあちゃま、

ご自分の手押し車を「ベンツで来てんだから」と冗談で仰ってました。

おばあちゃまに元気の秘訣を聞いたら、

「細かく考えたってしょうがない、なるようにしかならない」と仰ってました。

そんなおばあちゃまのお顔は天使のような優しいお顔でした。

 

『思考に気を付けなさい、それはいつか言葉になるから。』

マザー・テレサが仰ってました。

 

この巣鴨のおばあちゃまも、いつも前向きな思考で、

辛いことがあってもクヨクヨ考え過ぎないで、明るく生きてこられたから、

「ベンツで来た」と言う冗談がすぐに口から飛び出したんだろうなぁ。

そう思いました。

 

いつも喜んでいなさい(ケサロニケ人への第一の手紙5:16)

 

シンデレラを観ました(2019・6・14)

 

数日前、TVで実写版の『シンデレラ』が放送されていました。

 

私は途中から(かぼちゃの馬車が出てくるあたり)観ました。

最後のシーンで、シンデレラが義母たちを置いて王子様と共に

お城に向かう前、義母に対して言った言葉が、

 

「あなたを許します」です。

 

それを言われた義母は完全な敗北に絶望した様子でした。

 

この「あなたを許します」というセリフがとても印象に残りました。

シンデレラは、義母たちの仕打ちをすべて赦すことで、

人々からの祝福だけではなく、

神様からの真の祝福を頂くことをされたのでしょう。

 

そして『悪に負けてはいけない。かえって善を持って悪に勝ちなさい』

(ローマ人への手紙12:21)の神様の御言葉通りに従ったのでしょう。

 

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 映像もセリフもとても美しく素晴らしくて、観ていて涙がでました。

 

もしも、あなたがたが、人々の過ちを赦すならば、

あなたがたの天の父も、

あなたがたを赦してくださるであろう。(マタイによる福音書6:14)

 

 

笑って生きよう(2019・6・13)

心が苦しい時、何で私だけこんなに苦しんで生きてるんだろう、と

思ってしまいがちです。

「みんなそれぞれ大変だよ」と聞いていても、耳に入れようとしていない。

 

本当にみんな、自分の立場や人生の中で色々悩みもがいているんですよね。

 

マザー・テレサも、苦悩の中で生きていたそうです。

エスさまも、死の前の夜、苦しみもがいていた時があります。

 

みんなそれでもこの世界を笑って生きようとしている。

 

だから自分の勝手で人生から喜びを放棄しないで。

泣いても構わない。

怒っても構わない。

完璧なんてなれやしない。

 

昨日より一歩、前進できていたらそれでいい。

後退したって気にしない。

また前進すればいいだけだから。

 

愛してくださる方がおられるから、強くなれる。

何度倒されても、また起き上がれる。

気がついてないけどね、その力が十分にあるから。

 

自分を愛して、自分を信じよう。

この世界を笑って生きていこう。

 

正しい者は七たび倒れても、また起き上がる(箴言24:16)