神様大好き!みーのこころブログ♪

自己愛性人格障害の父とそれに従う母に育てられ、ウツとパニック症を患い生きづらかった私。そんな私に神様が手を差し伸べてくださった☆神様から愛と光をたくさん頂いて人生必死に生きてます。神様が教えてくださった事や人やメッセージを綴っていきます♪

神様のお応え(2019・4・25)

時々私は、迷ってたり悩んでたりして、

神様に同じことを何度も何度も聞いてしまったりします。

神様はその都度、励ましのお言葉をくださったり、導いてくださったりします。

決して「また同じことを言っているのか?」など、うんざりもなさりません。

いつも新鮮なお気持ちで、優しく、分かりやすく、的確にお答えくださってます。

 

またいつものように、モヤモヤと思い煩っている悩みに、

私は祈り問いかけをしていました。「私の考えは間違っていませんか?」

「私の考えは、我がままで傲慢でしょうか?」

「周りに従うべきでしょうか?」

時々昔の私が顔を出して、自信のない私が現れてしまいます。

 

そしたら今回、素晴らしいタイミングで、天使のような大好きな人の口から、

それはお応え頂きました。

 

『感謝はするけど、自分の意志で行くんだ。

どうのこうの言われたって、自分で行くんだ。

自分で決めて、自分で考え、絶対幸せつかんでほしいから。』

 

これは私個人に仰ったメッセージでありません。

お名前の知らない方のために、全然違う目的で発せられたものですが、

私の心にすごい勢いで入ってきたので、涙がこみ上げてきて、

抑えるのが大変でした。

 

それを仰った方が前から「天使じゃないかな?」と思っているような方だったので、

余計にビックリと感動をし、

思わず「神様、ありがとうございます!」と天を仰ぎました。

 

神様を信じて、いつもお祈りし、感じる努力をしていたら、

本当に不思議で感激するようなことが起こります。

もう何度幸せに満ちた涙を流しただろうか?

「私が悲しみや苦しみ以外の涙を流せるようになるなんて」と思ってしまいます。

 

何度同じことでつまずいても構わない。

いつでも、何でも、何度でも、

神様にお話しすることも信仰を深くすることなのかもしれません。

 

わたしを呼びなさい。

そうすれば、わたしはあなたに応え、

あなたの知らない理解を越えた大いなることを、あなたに告げるだろう。

(エレミヤ33:3)

 

 

 

 

神様のお蔭(2019・4・24)

神様が大好きで、大切に思うように生きていると、

自分を好きになり、大切に思えるようになってきます。

 

神様が愛してくださる私を邪険にしたら、神様を邪険にしているように感じてしまうからです。

 

何かを考える時に、「神様は喜んでくださるだろうか?」と考えたりするし、

嬉しいことがあると、神様からのプレゼントに思える。

 

奇跡をお祈りに込めると、奇跡を頂いたりもする。

その奇跡を目の当たりにして流す涙は、神様と繋がってる証のような気さえします。

 

苦しい時も悲しい時も、潰されずに心が飲み込まれないような道を探せるようになる。

それはひとりではなくて、お導きによって、一緒に歩まれてる気持ちになる。

私が傷ついて苦しんでいると、神様も同じように苦しんでおられると思うと、

早くこの気持ちを脱したいと前に進む努力をしたくなる。

 

たとえひとりぼっちな時でも、決してひとりぼっちには感じない。

虚しい気持ちにならずに生きていけてます。

 

これが完全で完璧な神様の力、存在なんだと感じずにはいられません。

神様は『愛』そのものなんです。

引き寄せ(2019・4・23)

引き寄せの方法が上手くいかなかった時、

「なぜ私は上手くいかないのだろう?」とずっと悩んでいました。

 

今から考えると、きっと自分自身を疑っていたんだと思います。

自分を信じていないと、引き寄せたいキーワードを意識していても、

どこかで「ウソばっかり!」「まさか~」と思ってしまう自分が、

引き寄せを邪魔してしまうと思う。

 

引き寄せたいなら、まず自分自身を好きになること。

「自分を好き」を引き寄せなければいけない。

これが一番のやらなくてはいけない事だと思う。

自分自身と信頼関係を結ぶことがとても大切な事だと思いました。

 

よく「形からはいる」のように、「言葉からはいる」もひとつの方法だと

言われていますが、私はそれが上手にいきませんでした。

 

だぶん、自分から発せられる言葉(ポジティブな言葉)に自信がなかったんだと思います。

だから私には「自分自身を愛する、大切にする」が何よりも一番初めにすることだったんだと心から思います。

 

今はあの時に比べて、引き寄せることがネガティブなことより、ポジティブなことが引き寄せられてる気がします。

 

もちろん、そこには神様のお力を頂いて、です。

 

そして引き寄せを上手に使えたならば、必ず「神様、ありがとうございます」と

感謝を捧げることを忘れちゃいけないと思ってます。

 

すべては私が引き寄せたんではなく、神様が引き寄せてくださったのだから。

 

何事でも私の名によって願うならば、私はそれを叶えてあげよう

ヨハネによる福音書14:13-14)

 

どんなことにも感謝しなさい(2019・4・22)

私の大切に思っている聖句

いつも喜んでいなさい。

絶えず祈りなさい。

どんなことにも感謝しなさい。(テサロニケ人への第一の手紙5:16-18)

 

この『いつも喜んでいなさい』を意識して、日々の小さな喜びを探し、

喜びを感じるようにしていると、

喜びの先には『どんなことにも感謝しなさい。』に辿り着く。

これも神様の優しさなのだろううか?

 

感謝をすることを意識していると、感謝することがたくさんあります。

けれど何も気にしなければ、簡単にスルーしてしまうことも多い。

「ありがとう」と言われた時に、

「あっ、こんなことも感謝してもらえるんだ」と気づかせてもらう。

 

私はまだまだ「ありがとう」が少ないです。

気をつけてないとスルーばかり。

喜ぶ意識がまだまだ少ないのかな?

お相手に思いやりを持ててないのかな?

 

優しさを学び、喜びを意識して、感謝へと繋げる。

 

とてもシンプルだけど、大切で奥深い。

愛で生きるにはとても必要なことだと思います。

これも私の大きな課題のひとつとして意識していこう。

黒い塊とハスの花(2019・4・21)

人が元気に前向きに生き直そうとしていても、必ず横から現れる

やっかいな黒い塊があります。

 

そんな時、その黒い塊に飲み込まれず、谷底に引きずりこまれないように

生きることこそ、神様を強く信じていることに繋がるんだと思ってます。

 

黒い塊が迫っていても、小さな幸せを探し、笑顔を向けて、

同じ感情に飲み込まれないようにする。

そのためにとても大切なことは、神様を信じる気持ちと、

自分を愛し、信じること。どんな状況でもこれだけは失ってはいけない。

 

「だいじょうぶ、私だもん、乗り越えられる!」

「神様がお与えになった試練なら、必ず逃れる道をお与えくださってるから」

 

自分で自分を弱く、小さくしないように努力します。

身体から振り絞るように笑うことも時には大切。

それが本物の笑顔に変わる日が来るから。

そう教えてもらいました。

 

何度涙を流してもいい。

何度やり直してもいい。

 

私の心が腐らないように、光り輝くように、

愛してくださる神様のために、私のために、

私は私を大切にして、前に進みます。

 

そうしたら、泥沼の水の中からきれいなハスの花が咲く日が来ます。

そしてその花こそ、神様がお与えくださった神様のお花だと信じてます。

信じてる(2019・4・20)

17日~20日まで主人が遅い冬休みを取るので、私もお休みさせてもらいます。

返信など出来るだけさせてもらいますが、新しい記事は書けないかもしれません。

なので過去記事を載せていきます。

 

これは2018・12・31に書いた記事の編集です。

 

「自分を信じることって難しいんですよね、他人は信じれても。

けど、それも1つの挑戦だと思ってます。」と仰って、

とてつもない挑戦を果たした方がおられました。

 

私は私という人間が嫌いでした。

私という人間を信用していませんでした。

裏切るとかではなく、「何をするにもどうせ失敗する」と決めていました。

「何をするにも自分がやるより、他人さんがやる方が成功する」と決めていました。

だからいつも結果は、その通りになっていました。

「アッチよりコッチの方がいやだな。」と思えば、ほとんど「コッチ」を引き当てていました。

「コレ以外なら何でもいい」と思えば、「コレ」を引き当てていました。

 

自分のことが大好きで大切にして人生を歩んでいる人の世界が、

まるで空想の世界のように見えました。

「自分を好きにならなきゃダメ!」と言われても、

「こんな私をどこをどうやって?」と思っていました。

異常なまでに自尊心が低かったです。

知らず知らずに、自分の可能性の天井を自分で決めていた。

いつも自分の天井が見えてたし、触れていた。

 

夢もありました。けど、挑戦しませんでした。

「こんな私よ?失敗するに決まってるでしょ!」と決めつけていました。

 

失敗したっていいのに。

やり直せるのに。

 

あの時の私は知りませんでした。

自分を否定する事は自分の中におられる神様も否定することなのに。

ずっと神様を信用せず、神様に暴言を吐き続けていたんだ。

 

なんてことをしていたんだろう、私は。

 

それでもずっと見守ってくださっていました。

神様だけは他の誰よりも、私以上に私を信じてくださっていました。

 

なんて尊いんだろうか。

なんて愛おしいんだろうか。

 

やっとやっと、そこに辿り着けました。気づけました。

すべてがなくなって真っ暗闇の中でも、必ず繋がってる方がおられるんだって知りました。

ひとりじゃないんだって。

神様だけは必ずそこにおられるんです。

今はそれを心から信じられます。

 

 

 

内面の幸せ(2019・4・19)

17日~20日まで主人が遅い冬休みを取るので、私もお休みさせてもらいます。

返信など出来るだけさせてもらいますが、新しい記事は書けないかもしれません。

なので過去記事を載せていきます。

 

この記事は2018・12・28の記事の編集です。

 

忘れることが多くなってきた年齢で「最後には何が残るのだろう。」と

考えた方がおられました。

その答えに友が「「幸せだなぁ」って感覚だけでも残ったらそれでいいな。」と

言っていた。

 

なんて素敵な答えなんだろう。

 

「幸せな感覚を残す」って、きっと表面的な幸せより、

内面の幸せが最も大切なんだろうな。

神様も仰っていた「表面的な幸せは束の間に来ては消えていく。

内面の幸せは、私から気づかされて来る。いつも変わらず心にあるものだから。」

 

きっと深く長く安定してずっとそこにあるのだろう。

神様が与えてくださってる贈り物のひとつ。

 

なんてありがたい。

「ありがとう」の気持ちがいっぱいになる。

 

さぁ、今日も祈ろう。

神様と繋がりたいから。感じていたいから。