救われた(2019・11・23)
昔の私は毎日毎日お祈りはしていたけれど、どこか儀式的で、なかなか神様と繋がらなかったように思います。
神様がおられるのかも分かりませんでした。
ただ、「いてほしい」との思いでお祈りをしていたように思います。
今は神様の存在も確信しております。なのでお祈りで私の思いが神様に繋がることも常となりました。
繋がらない時は、わたしが神様から離れて頑固になっていたり、意固地になっていたりする時です。私側の問題です。
問題を解決したい時や苦しみから解放されたい時、今までの私はその人や物、自分自身の中から答えを見つけようとしていました。だから無理やり納得しようとしたり、モヤモヤとした気持ちを引きずっていました。
救われた気持ちになったことは殆どありませんでした。
神様がおられ、その神様に愛されてると信じるようになってから、初めて「救われる」という感覚を知りました。
今はいつも「神様はどのように思うだろう?」を軸に考えるように努めています。
私にとってはそれが平安を感じる答えに繋がるからです。
神様は私たちが何をどう求めればいいのか悩んでいるなら『神に求めなさい。そうすれば与えられます。』と仰ってくださっています。
心から神様を信じている人には『とがめもせず惜しみなくすべての人に与えてくださる方です。(ヤコブの手紙1:5)』と教えてくださっています。
何をやっても救われた気持ちになれなかった私が初めて救われた、救ってくださった神様を私は信じています。
信じると見える世界があるのですね。