神様の思い(2019・11・22)
聖書のお話、アダムとエバ(イブ)のお話です。
神様が土のチリでアダムをお造りになり、アダムに地上の動物を管理し、産み増やすお仕事をお与えになりました。
『園の中央には命の木と善悪の知識の木を生えさせた。(創世記2:9)』
神である主は、人に命じられました。「園のどの木からでも取って食べなさい。ただ、善悪の知識の木からは、取って食べてはいけない。取って食べると必ず死ぬことになる。(創世記2:16-17)
(この後、神様はアダムのわき腹からエバをお造りになった。)
そもそも、なぜ取って食べてはいけない木を神様はお造りになったのでしょうか?
それは、神様がアダムに自由意志を与えたからです。
食べるも食べないも、神様を選ぶことも反逆することもできる自由意志です。
神様は自分の権力や圧力でアダムに命じることも出来ましたが、それをなさらなかったのです。
アダムを愛し信頼関係によって結ばれたかったからです。
神様は初めにアダムをお造りになった時から今も変わらず私たちを愛しておられ、時に私たちを試されたりもなさいます。それは私たちが神様から離れて迷子にならないように、迷子になっても神様のもとに立ち返るようにするためです。
その神様の愛に、私たちはなかなか気づかなかったり、背いたりしています。そして自ら怒り、悩み、苦しんでいます。
神様がお与えになった試練は乗り越えられないものはなく、むしろ逃れる道も備えてくださっていると仰っています。(コリント10:13)
ですので、迷い悩み苦しみの中にある時、どうかお祈りによって神様のもとに立ち返ってください。
神様はそれをいつも望んでおられます。