純粋な信仰心(2019・11・12)
ある幼稚園でのお話です。
幼稚園のお昼寝の時間の時、1人の子供がうつむいて何かブツブツと言っていました。
みんながお昼寝をしようとしているのに、その子だけなかなか寝ようとしません。
先生は何をしているのか気になって、その子に近づいたのです。
するとその子は熱心にお祈りをしておりました。
クリスチャンの家で育った子だそうです。
しかし、先生はみんなが眠りにつこうと寝転がっているのに、その子だけ起こしているのもどうか?と思い、「なぜ見えない神様にそんなに一生懸命お祈りをするの?」と質問をしました。
その子は答えました。「僕には神様は見えないけれど、神様には僕のことが全部見えてるからだよ。」
このお話を聞いた時、この子の信仰心の素晴らしさに圧倒されました。
大人はなんだかんだと理由をつけたり、問題を複雑に考えたりしてしまいますが、この子のように、「僕には見えなくても神様には見えている」という純粋に信じる気持ちこそが大切なことだと教えてもらいました。
聖書の中にもこんなお話があります。
ある時お弟子さんたちが自分たちの中で誰が一番偉いのかを議論していました。
その心の内を見抜いたイエス様は1人の子を引き寄せ「あなた方みんなの中で一番小さい者こそ偉いのである。(ルカ9:48)」そう言われました。
信仰心は純粋に信じる心、たとえ見えなくても確信することなんだと、幼稚園の子に教えられました。
私もこの子のようにありたいです。